進歩性の図解

最終更新日:2019.7.5


特許要件の1つ、進歩性。

進歩という言葉から『従来より技術的に進歩』程度には分かるけれど、そこから先が難しい。しかし、TVゲーム&召喚魔法の比喩で、エッセンスをわかりやすく掴めます。

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よくある説明の仕方

進歩性は、よく、次のように説明されます。

出願に係る発明が(A+B+C)であったとする。この発明に近い技術を探したけれども、(A+B+C)は見つけられず、最も近いものとして(A+B)が見つかった。この場合に、(A+B)をベースに、出願発明(A+B+C)を創出することが容易ならば「進歩性:無し」、容易でないならば「有り」。

この説明だけでも、なんとなく分かった気にはなります。しかし、これだけでは、実務で「進歩性を扱う」ことはできません。

以下、この説明に適切な肉付けをしながら、キーワードを解説することで、進歩性のエッセンスをわかりやすく説明したいと思います。

 

進歩性は容易の基準…主体は?

まずは、本要件のコアともいえる「容易」について。

上記の「よくある説明」のなかで、「容易なら進歩性:無し、容易でないなら〜」とありますが、「容易」という概念は、人によって程度が異なる主観的なものです。

しかし、判断の都度、誰にとって容易かが変わるようでは、法律要件として認められません。そこで特許法は、「誰にとって容易か?」の統一的な主体として「当業者」を設定しています。

 

進歩性の当業者って誰だ?

「当業者」が「当該技術分野の知識を有する者」であることは、よく知られていることですが、実は、「当業者」は特許法の色々な条文で頻繁に登場するキャラクタであり、条文の規定ごとに技術スキルのレベルが若干異なります。

色々なレベルの当業者が登場する中で、「当業者@進歩性」は他の条文における当業者に比べて創作能力が高く設定されています。ですので、ここでは仮に当業者@進歩性を「T部長」と呼称して説明します

T部長は、業界での常識・注目されている技術に敏感で、出願発明についての出願時の技術常識を持っていますが、彼の力はそれだけではありません。

T部長は、4人の優秀な部下を引き連れ、彼らのスキルを部署のものとして、まとめて創作力を発揮できます。4人の精鋭を束ねているのが、部長と呼称する所以です。4人の部下とは次のとおりです。

:ソフトウェア技術者。コンピュータ技術の出願時の技術常識をもつ
:器用な何でも屋。文献を調べて、実験&分析できる
:従来技術をみて、それの設計変更はお手の物
:発明の課題をみれば関連文献で調べ、全てをインプットできる秀才

※部下の能力は筆者が適当に作ったわけでなく、審査基準に基づきます

進歩性における当業者は「1人」ではなく、部下が4人いることを表す図

部長を含めて、A、B、C、Dの5人組は、まるでヒーロー大戦隊(GF)のようです。いかに「当業者@進歩性」のレベルが高いか…。

 

T部長の思考パターン

さて、ここまでで…

(A+B)という従来技術をベースに出願発明:(A+B+C)を創出することが、T部長(+4人の部下)にとって容易ならば「進歩性:無し」

であることが分かりましたが、T部長が、

従来技術をベースに本発明に辿り着くことを、どういう手段をもって達成しようとするのか?

というT部長の思考パターンが明確でなければなりません。そうでなければ…

この程度ならば、T部長はやるでしょ

いや、T部長でも、それはできないよ

のような不毛な論争になりかねません。

そこで、法(審査基準)は、T部長が、どのように従来技術を改良して、出願に係る発明を目指すのかという思考パターンを明確に定めております。

具体的には、T部長は出願発明に辿り着くために、「発明に最も近い主引用発明」をベースにして、

① 副引用発明を組み合わせる
② 主引用発明を設計変更する
③ 公知技術を次々に組み合わせる

ことを試みるとしています。ここまでの話を整理すると…

(A+B)という従来技術をベースに①~③を試みることで、出願発明:(A+B+C)を創出することが、T部長(+4人の部下)にとって容易ならば「進歩性:無し」

と、まとめられます。

ここまで順を追って説明してきましたが、ここからが進歩性の1番難しいところです。つまり、この①~③の「3つの思考パターン」の理解が難しいです。

しかし、この難しい「3つの思考パターン」の話も、次に説明する「T部長が登場するTVゲーム」の例え話において、「3つの道具の使い方」に比喩することで、分かりやすくなると思います。

 

「進歩性」というTVゲーム

まず、現実世界をゲーム世界に落とし込むため、ゲームの内容を紹介します。

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TVゲーム「進歩性」には、ゲーム・キャラクタとして「 T部長」が登場します。このゲームのプレイヤー(審査官)はキャラクタ:T部長を操作し、平地(主引用)にいるT部長を、見事、高台(出願発明)に登らせることができれば、プレイヤー・審査官の勝ち(=進歩性なし)、登れなければ、プレイヤーの負け(=進歩性あり)です。

進歩性を比喩的に説明するための、TVゲーム「進歩性」を表す図。平地に当業者が立ち、ハシゴ、盛り土、階段という3つの道具があります。

(クリックして拡大)

そして、「平地」にいるT部長はひとりではありません。部長は、4人の精鋭たちを召喚魔法で呼び寄せることができ、3つの手段:

  1. 脚立(きゃたつ)
  2. スコップで作った盛り土
  3. ブロックで作った階段

をどう使おうかと相談しながら、「高台」に登れるかをチャレンジします。

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この3つの手段が、上記3つの「本発明に辿り着くための思考パターン」に相当します。TVゲームにおける比喩と、実際の審査における概念との関係を整理しておくと、次の表に示すようになります。

TVゲームでの比喩 実際の審査での概念
高台 出願発明
平地 主引用発明
脚立 副引用発明
盛り土 設計変更

ブロックの階段

公知技術の組合わせ

すなわち、高台(出願発明)にあって平地(主引用発明)にはない高低差(要素C)を、3つの道具を駆使することで(①から③の3パターンの方法で思案することで)、辿り着くことができるか?(埋めることができるか?)ということです。

前置きが長くなりましたが…以下、「平地」(主引用発明)への3つの道具の使い方と留意点について説明します。

 

「3つの道具」の使い方

 脚立を平地に立てる(動機付け・阻害要因の話)

T部長は、高台(出願発明)と平地(主引用発明)との差である(C)を埋めるための脚立(副引用発明)を、部下のDさんを召喚して探してもらいます。脚立(C)を発見できなければ、その時点で、審査官の負け(=進歩性あり)となります。

一方、(C)という「脚立」(副引用発明)を発見できた場合には、一見すると脚立を立てることで高台まで簡単に登れそうですが、この「脚立」は、どんな「平地」に置いても安定する「脚立」ではありません。「平地に置くことができない事情」、例えば、次のような場合には、「脚立」が「平地」で滑って立て掛けられないのです。

  • 主引用発明と副引用発明の技術分野が違う/技術的課題が共通していない/機能が共通していない(※これを実務では「動機付けがない」と言います)
  • 組み合わせると一方の効果が消失する(※これを実務では「阻害要因がある」と言います)

なお、T部長は、「脚立」を「平地」に立てようとして上手くいかないときには、設計変更はお手の物である部下のCさんを召喚し、「平地」の土を盛ってみる等の工夫(設計変更)をすることはルールに違反しません(審査官はそれをすることができる)。但し、それでも、上記「平地で滑ってしまう」という事実を、それによって変えることは出来ません。

進歩性の説明における「阻害要因」を表す図。平地(主引用発明)の上に脚立(副引用発明)を立て掛けるときに、上手く立てられない事情が「阻害要因」です。

(クリックして拡大)

 盛り土をつくる(設計変更の話)

「高台」にあると思った発明は実は「平地」からすぐのところにあって、「平地」の土を盛って「盛り土」を作り、そこに乗ることで(設計変更等をすることで)出願発明に届く場合には、設計変更等にすぎないとして、審査官の勝ち(=進歩性なし)になります。

設計変更等とは、具体的には主引用発明について、下記の場合をいいます。

  • 材料・要素を最適なそれに変更したにすぎない
  • 所定の数値を最適なものに変更したにすぎない
  • 材料・要素を等価なものに置換えたにすぎない
  • 設計事項を変更したにすぎない

 ブロックで積み上げた階段

「平地」だと思っていたものは、公知技術という「ブロックA」と「ブロックB」を積み上げてできたものでした。そして、T部長は、秀才部下Dさんを召喚魔法で召喚し、高台までに足りない部分を埋める「ブロックC」を探し当ててもらいました。そして、ブロックAと、ブロックBと、ブロックCを単純に積み上げてできた階段を一段一段上っていったら、階段の踊り場に発明がありました…となれば、進歩性が否定されます。

しかし、もしも最終局面で、ブロックBとブロックCを単純に積み重ねただけでは「微妙」に高台に届かず、その「微妙な差」が、ブロックBとブロックCを「接着剤で一体的に結合させる」ことで埋まる場合には(※実際の審査においては、発明の構成要素BとCは公知だけれども、互いに機能的・作用的に関連して有機的に連結結合している場合)、『単純にブロックを積み上げただけでは高台に到達できませんでしたので、あなたの負けです』と画面に表示されて、進歩性が肯定されます。

 

顕著な効果という会心の一撃

なお、脚立等を使って「高台」に登ることができたとしても、もし「高台」にある出願発明の効果が顕著な場合には、「T部長」は痛恨の一撃をくらって負けてしまうという特別ルールが用意されています(出願人にとっては会心の一撃)。

例えば、その効果が、

  • 引用発明の効果と全く違う性質のものである
  • 同じ性質であっても当業者が予測できないほど極めて優れている

場合には、進歩性が肯定されることもあります。

進歩性の説明における「顕著な効果」を説明するための図。当業者が、脚立等を使って「出願に係る発明」に到達したと思いきや、痛恨の一撃を食らってたじろぐ姿を現しています。

(クリックして拡大)

 

まとめ

つまり、進歩性が有るか無いのかという判断は…

判断対象である発明に最も近い文献をベースに、4人の精鋭を連れたT部長が、

  1. 脚立(不安定で立てられない場合もある)
  2. 盛り土
  3. ブロックを積み上げた階段

を使って当該発明に到達できるかどうか。そして、痛恨の一撃(顕著な効果)がヒットするかどうか

…によって行われると考えるのが、わかりやすいと思います。

 

参考:進歩性の立ち位置

なお、参考までに、特許要件における進歩性の立ち位置を確認します。出願された発明が特許されるためには幾つかのハードル(特許要件)を越える必要がありますが、「進歩性というハードル」は「新規性というハードル」を跳躍した先にある、より高いハードルを言います。つまり、論点が進歩性の有無にあるということは、既に新規性というハードルは超えていることになります。


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