実施可能要件の図解

最終更新日:2019.7.3


技術文献然

特許要件には、発明の創作性(新規性、進歩性など)に関する要件の他に、記載要件というものがあります。実施可能要件は、そのうちの1つです。

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記載要件?

まず、記載要件とは何かについて簡単に触れます。

ご存知の方はスキップ

記載要件とは、

出願書類は所定の規律に基づいて記載しなければならない

というものです。記載要件が求められる理由は、法目的のためです。

出願書類は、権利設定後は権利書面になります。そして、権利書面であるからには、その権利の範囲が明確に分かる書類でなければなりません。また、第三者が発明を実施できるようなものでなければ法目的を達成できません。

特に、実施可能要件については、発明の利用に資する技術文献然とした明細書を要求し、明細書が発明実施のための資料として利用されることで産業への貢献、延いては法目的の達成を企図しているのです。

このような理由により、出願書類は、法律が規定する「記載要件」に則って記載しましょう、ということになっています。

記載要件の説明は以上です。以下では、本題:実施可能要件とは?について記載しています。

 

実施可能要件とは?

本要件の内容を平易に説明すると、次のようになります。

特許権の内容たる発明は、明細書の記載により、「どうやって実施したらよいか?」を理解できるものでなければならない

要するに、明細書は、少なくとも請求項に記載された発明の「説明書」であれ、ということです。

ところで、「説明書」というのは、誰に向けて書くのかが重要です。技術士が分かればいいのか、子供でも分かるように書けばいいのか…。この点について、特許法は実施の主体として

「当業者」

を規定し、発明の説明書は当業者に向けて書くことを明確にしています。

 

実施可能要件における当業者

特許法によれば、「どうやって実施したらよいか?…を理解できるもの」の主体は「当業者」ですが、この「当業者」というキャラクターは、条文の規定ごとに技術レベルが異なります。例えば、進歩性における当業者と文字は同じでもレベルが全然ちがいます。

当業者(@実施可能要件)は、技術常識をもった常識人で、

  • 材料選択
  • 設計変更

などの基本的な試行錯誤をすることができる一人の技術者を想定しています。

ここでの当業者は、技術者としてのレベルは余り高くはありませんので、進歩性における当業者「T部長」と対比して、以降は「Tさん」と呼びます。

当業者といっても、実施可能要件における当業者と、進歩性における当業者とでは意味が違う(人数も違う)ことを表す図

 

具体的に何に留意したらよい?

ここまでで、本要件とは

発明をどうやって実施したらよいのか?を、Tさんが理解できる程度に明細書を書きましょう

であることまで分かります。概要としてはバッチリだと思います。

ですが、学者ではない実務家(発明者・知財専門家)にとって大切なのは「具体的に何に留意して明細書を作成すればよいのか?」という実践的知識です。

それは2つあります。本要件の定義を分節した「発明をどうやって実施したらよいのか?」という部分から導かれる留意点1と、「Tさんが理解できる程度」という部分から導かれる留意点2です。

 

留意点1

「どうやって実施したらよいのか?」から導かれる留意点1について。

「どうやって実施したらよいのか?」をそのまま解釈すると…どうやって生産・使用するのか?…となるのですが、これは安直に明細書に生産方法を記載しろと言っているわけではありません。

これの意味するところは、物の発明なら「その物を生産できるように構造を示せ」です。ソフトウェア発明の場合は「構造」を記載できませんので、代わりに、技術的特徴の「機能・働き・役割」を示します。方法の発明ならば、使用方法です。つまり、留意点1は、次のようになります。

留意点1
  • 物の発明は構造を書き、方法の発明は使用法を書く。
  • ソフトウェアの発明の場合は機能・働き・役割を書く。

なお、本要件は「権利化したい発明」についての要件なので、明細書の中で技術水準を説明するための従来技術の物の構造などは記載する必要はありません。 

 

留意点2

次に、「Tさんが理解できる程度」から導かれる留意点2について。

「Tさんが理解できる程度」に、物の発明は構造、方法の発明は使用法(留意点1の内容)を記載すればいいということなので、ここでは、Tさんの能力が論点になります。

Tさんの能力は、上述したとおり、「高度な創作はできないけれども、技術常識はもっているし設計変更等の基本的な試行錯誤はできる人」です。そのため、業界的に常識なことを逐一説明する必要はありません(技術常識をもっているTさんならわかる)。

技術常識には、周知技術と、経験則から明らかな事項とが含まれ、周知技術のなかに、さらに慣用技術が含まれることを示す図

(クリックして拡大)

例えば、センシング装置に関する発明の明細書の記載では、レーダを用いた測距の基本的な仕組みについて詳述しなくてもTさんは分かっているので、「測距の原理は公知技術なので詳細な説明は省略する」と断ってしまってもOKです。

また、Tさんは設計変更できる人だから技術常識をもってすれば物の構造からその物をつくることもできるので、製品の設計仕様のように事細かに具体的な寸法を記載する必要性もありません。むしろ、そこまで記載するとノウハウの開示になってしまいます。

以上より、留意点2は、次のようになります。

留意点2

  • 「技術常識」を考慮すれば分かることまで書かなくてよい

 

むすび

実施可能要件について記載しました。本要件の内容を把握しておけば、出願書類の作成・確認において、なぜ緩急をつけて記載するのか、どういう観点に気を付けて書けばいいのかが分かると思います。


4. 実施可能要件の図解