特許物語

休日にゴロ寝しながら銀河系(天の川銀河)とアンドロメダ銀河との衝突に関する読み物を思い出し、どうやら色々なことは刹那の出来事なのかもしれないと哲学振りながらウトウトしていると、頭の中で色々な要素が絡み合い、特許制度は見事に自然を模したものなのかもしれないとの考えを巡らせていました。



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初めに、先人たちの知恵と不断の努力によって豊かになった土壌の上に、発明の種が蒔かれます。撒かれた種の中には、生まれた時から丈夫な玉と、そうではない石とが混交していますが、その土壌の上に撒かれた種のどれもが、公の目に留まることになります。

咲かせて下さい、咲かせて下さいとお天道様にお願いすれば、手入れすることもなくそのまま育つものもあります。一方で、所望の花が咲くように肥料を補うことで育成を正したり、継続的・優先的に追肥をして育てるものもあります。

先に土壌に撒かれた種は、後に撒かれた種よりも先に芽を出して成長しているから、より多くの光を浴びることができ、より多くの人々に注目されます。

そして、見事華やかに咲き誇る花は、その種を植えた者に対して、芳しい香り、実および新しい種といった実利をもって豊かにするとともに、周りにいる人々に対しても、その香りをもって存在感を示します。そしてまた、種を植えてみようと人々に思わせます。

時には外乱によって葉が痛むこともあるけれども、その一部を訂して正しながら花が咲き続けるようにメンテナンスをします。年月が経過して不要になった花や葉は一部を伐採して、必要なものだけを残すようにすることもあります。それによって人々の目を惹く花や葉だけに注力してメンテナンスできます。

そうして、初めの時から20年が経過したことを知らせる鐘の声がすると、あんなに立派に咲いた沙羅の花も枯れ落ちて、それがまた土に還り、誰もがつかえる豊かな土壌となって、諸行は無常であることを顕します。そして、また新しい種が蒔かれて、流転します。

特許制度は、先人達の不断の努力のもとに成り立っている便利な社会システムの1つです。1つの社会システムに過ぎない特許制度ですが、過去そして現在の有識者の方々によって、より洗練されてきているシステムです。そして、洗練された現行の特許制度を観察してみれば、自然の摂理に則ったものにも思えてきます。過去何世紀にも渡る改正に関わってきた先人たちの不断の努力に脱帽です(ちなみに、祇園精舎は釈迦が説法を行った場所です)。



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