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Q.022 特許出願しなければ「特許という世界」に関わらなくて済むのでしょうか…

特許出願しなければ「特許という世界」に関わらなくて済むのでしょうか。発明はしたのですが、出願手続にもお金がかかるようですし、効果的に使えるか分かりません。また、特許の世界ではライセンス交渉など、苦手なものが多いので、出願しなければ関わらなくて済むなら、そうしたいと…。




弁理士からの回答

たとえ自らは特許出願しなくても、他人の特許権は存在しているので、技術的な製品サービスを提供する事業を行うのであれば、「特許という世界」に全く関わらないのは難しいと思います。

一方、「他人の特許権が存在する」といっても、誰からも権利侵害だと言われずに事業を行っている人もいます。ですが、それはリスクが顕在化していないだけで、将来的に事業規模が大きくなったタイミングで、ライセンス料を支払うように言われる可能性もゼロではありません。

このように、他人の特許権が存在する以上は「特許という世界」に関わらないのは難しいのですが、「特許という世界」に煩わされない方法はあります。それは、

あえて、特許という世界に積極的に関わる

ということです。つまり、事業において重要な技術については特許権を保有しておくことで牽制し、第三者と争う機会を減らすということです。

原生林を手ぶらで歩くのは危険です。それと同じように、特許という世界を歩くならば、特許権という牽制力をもつのが安全です。出願やリスク調査という手間は発生しますが、そうしておくことで、特許という世界に煩わされないのではないかと思います。



回答の詳細な説明

「事業や研究開発に集中したいから特許に関わりたくない」という気持ちは分かります。しかし、たとえ自らは特許出願しなくても、他人の特許権は、あまた存在しているので、技術的な製品・サービスを提供する事業を行うのであれば、「特許という世界」に全く関わらないのは難しいかもしれません。

「他人の特許権が存在するため」と言いますが、具体的には、下記2つの理由によります。

  1. 世界中の権利を精査しきるのは難しい
    事前に他社の特許権の調査をしきって特許権侵害を事前回避すれば、理論的には、特許に関わらなくて済むと言えるかもしれません。しかし、世界中の全ての特許権を精査することは現実的ではないため、実務上は、調査範囲を限定します。その際、漏れが絶対にないと確証することは極めて難しいです。ないことは証明できないというジレンマもあります。
  2. 発明を秘匿しても他人に先に権利化される可能性
    例えば、開発中の製品について特許出願せずに秘匿した状態で事業の準備をし、いざ、製品販売を開始したら、準備期間中に他人に先に出願されていたというケースもあります。そして、将来的に、他人の特許権が成立したときには、自らの事業活動によって他人の特許権を侵害してしまいます。

一方で、「他人の特許権が存在する」とはいっても、現時点では誰からも権利侵害だと言われずに事業を行っている人も多くいます。ですが、それはリスクが顕在化していないだけです。事業規模が大きくなったタイミングで、ライセンス料を支払うように言われたり、相手方への事業への影響が顕在化したタイミングで、差止請求されたりする可能性もゼロではありません。

このように、他人の特許権が存在する以上は「特許という世界」に関わらないのは難しいと言えます。しかし、「特許という世界」に関わらないのは難しくても、「特許という世界」に煩わされない方法はあります。それは、

あえて、特許という世界に積極的に関わる

ということです。つまり、事業において重要な技術については特許権を保有しておくことで牽制し、第三者と争う機会、例えば、事業の内容が一部重複するコンペチタが特許権で攻撃してくる機会を減らすということです。

例えば、手ぶらで原生林を歩いていたら、猛獣は遠慮なく突撃してくると思います。しかし、一つでも強力な道具を携帯していたら、猛獣もたじろぐかもしれません。どうしても原生林を歩かなければならないのであれば、それと「どう関わるのか」が重要です。特許という世界を歩かなければならないのであれば、ポジティブに関わり、特許権を保有するのが安全だと思います。

話は少しそれますが、はっきり言って、特許紛争が産業の発達に役立つことはありません。もちろん、それが起きてしまった場合、その解決を図るのは社会活動として必要ですし、判例が蓄積されることによって社会が進展する側面もあると思います。

しかし、技術の進展による産業発達という観点からいえば紛争は不要。時間的・金銭的コストの問題をみても、エンジニアは、それに関わる時間をできるだけ減らした方がよいのは間違いありません。世の中に絶対と言えるものは少ないけれども、これは絶対です。

そして、そうなる機会をゼロにはできなくても、リスクを低減するには、1つでも強力な特許権を保有して牽制力を身に着けるのがよいと思います。出願権利化やリスク調査という手間は発生しますが、そうしておくことで、特許という世界に煩わされないのではないかと思います。

ちなみに、ここで説明した「特許権を保有する意義」は第一義的なものではなく、どちらかというとネガティブな側面の話です。特許権を保有する第一義的な意義は、本来、もっとポジティブです。そして、その第一義的な意義とは、「業界において、製品・サービスの差別化を図るもの」と言えます。

最後に補足です。「オンリーワンの分野で事業を行えば、そもそも特許紛争はない」という声もありますが、最初はオンリーワンの分野で事業を行っても、特許権の防御壁がないと、次々に真似してくる企業もあるかもしれません。このような場合に、「特許という世界」に関わらない、または関わりを最小限におさえるためには、

  • その分野で常に、自らの手で技術革新し続ける
  • 周辺技術は公知技術しか使わない
  • ユーザから見た価値においても他社の追随を許さない

というように事業運営すればいいのですが、一般的には難しいかもしれません。ですから、オンリーワン事業であっても、重要な発明は出願しておいた方がいいと思います。